国境 越境 卑怯 心境 絶叫!
 
   
                   
IN カンボジア





カオサン通りへ迎えに来たのは、大きな観光バス。


初めての越境で、かつ、アンコールワットがある町シェムリアップまでだいたい12時間くらいかかると聞いていたので、かなり身構えていたのですが、こんな大きなバスに乗ってるだけで着くならとっても楽チンです。

のっけから肩透かしを食らい、なんだか拍子抜けしました。


朝も早いのでだんだん眠くなってきた時、僕の隣の席に日本人が座ってきました。


背が高くて細身で、無精ひげに眼鏡の青年。


お互い自己紹介し合うと、彼も僕と同じの大学4年生のジン君。

カメラが大好きで、一ノ瀬泰造のドキュメント映画「地雷を踏んだらさようなら」に感化を受けてアンコールワットを目指しているというのです。




僕は全く一之瀬泰造という人を知らないので共感しづらかったのですが、とっても人当たりよい、良い人なのでこれから一緒に旅が出来たらいいなぁと思っていました。


そして、さらにバスに日本人が乗ってきました。カップルみたいな二人は通路を挟んだ隣の席に来ました。

男は、茶髪で、坊ちゃん風の大学生。
女も、茶髪のお嬢さん風大学生。


だいぶ空気の違う二人だったので僕からは話しかけずにおこうと思っていた矢先、彼らから話し掛けてきて、次から次へと話始めました。



「こんにちは。

 僕らは最初パタヤにいたんですよ。

 で、2週間の旅行の予定なんですけど、そこで盗難にあって所持金が少なくなって、物価の高いパタヤにいられなくなったんで、バンコクに戻ってきて物価の安いアンコールワットにでも行こうかって言うんで来たんですよ〜。」



「へぇ〜、そうなんですか・・・。で、いくらくらい盗まれんですか??」


僕だけじゃなく、ここにも不幸な人がいました。紛れも無くここは、盗難アジア。






「30万円です。」





「さ、30万っ!!!」





盗まれた金額もすごいけど、タイ2週間だけで30万円って・・・。


超セレブ旅行!!


おおよそ大学生の旅行じゃない・・・・。





「ホテルのセーフティボックスに入れといたんですが、きっとホテルの従業員が盗んだに違いないんですよね。

フロントで抗議したんですが全く聞き入れてもらえなくて・・・・。

いいホテルだったんで安心しちゃってたんですよね。」




さらに彼らの話を聞いていくと、彼らは慶応ボーイ&ガールの2年生。

きっと、その30万も親のスネをかじって来たんやろうな・・・。



2週間で30万の予算なら、豪華なホテルに泊まって、美味しいごはんをいっぱい食べて、マリンスポーツに興じ、彼女とスウィーティにしてジューシーな夜を過ごしてに違いありません。



その一方で僕は、一泊270円のドミトリーに泊まり、1食30円の焼きそばをほおばり、掛け布団さえない固いベットの上で、バスタオルをお腹に巻いて寝て、バンコクで買った質の悪い蚊取り線香にむせるという、
ビターにして、しょっぺー夜
を過ごしていたのに・・・・。




考えれば考えるほど、さみしくなってしまうこの格差に、自然と彼らと距離を置く自分を感じます。




朝が早かったせいか、いつの間にかぐっすりと寝入ってしまいました。





「国境に着いたよ。」



ジン君に揺り起こされて、時計に目をやると4時間も経っています。

ガイドの兄ちゃんがバスの中をまわって、お金とパスポートを回収しています。
兄ちゃんは、国境のビザ代だと言い、代理でみんなの分をまとめて取りに行ってくれるのだそうです。

値段を聞くと、1200バーツ(3600円)。

バンコクのカンボジア大使館のビザ代と一緒です。





これじゃ、バンコクの大使館にビザを取りに行く必要が、全く無ッシングだったのでは・・・・。





そんな疑問を抱きながら、ふと左を見ると、さっきまで隣にいた慶応ボーイがいません。慶応ガールが心配そうに窓の外を見ています。

しばらくしてボーイがバスの外から凍りついた顔で戻ってきました。


また金でも盗まれたのかと思って見ていると、かなり乱れた呼吸で僕の隣にやって来て、鼻息荒く話し掛けてきました。




「ガイドがビザ代をトラベラーズチェックじゃ払えないって言うんですよ〜!」





ん・・・・!?、


あ、当たり前やん・・・・・・・。


トラベラーズチェックなんて、こんなど田舎で普通に使えるはずないやん・・・・。




ただあんまり関わりたくないので、適当な返事をしておきました。






「へー。」







「今、彼女と2人分の2400バーツ(7200円)の現金持ってないって言ったら、両替屋に行けって言われて・・・・」





まぁ、そりゃ、そでしょ・・・・・・。



君、金持ってないんやから・・・・。






「どこにあるか聞いたら、あの遠くに見える建物で、歩いて30分くらいかかるって言うんですよー!」










・・・・・・・・・・・・・。



そんな・・全力で逆ギレされても・・・・・・。



現金持って来てない君が、あほやねんから・・・・。










嫌な沈黙がバスの中いっぱいに充満してきました・・・・・。

そして、必死な彼の目が何を言わんとしているのかがヒシヒシと伝わってきます。






ただ、はっきり言って
です。




親のスネはカジっても、僕のスネだけは、かじらせるわけにはいきません・・・・・。



両替屋まで歩いて30分なら走ったら10分くらいで行けるはずです。


みんなが往復20分待つかどうかは別にして・・・・。










「あの〜お金貸してもらえませんか・・・・?

 シェムリアップに行ったら絶対返しますから!!」










き、来た・・・・。





で・・・、僕オンリーに話してます??




僕とジン君の二人に・・・・じゃないよね・・・・?




もうちょっと沈黙続けてたら、ジン君が「じゃぁ、俺が貸すよ!!」って男気出してくれないかな・・・。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





と、しばらくジン君の様子を伺っていたのですが、全くジン君の男気が
「こんにちは」し出す気配がありません。





そして、ふとある事が頭をよぎってしまいました。





僕がバンコクでウォンさんにお金をお借りする事が出来たから旅を続けられた事。


ウォンさんの見返りを求めない優しさ。



そして、今、目の前に困ってるバカがいて、お金を貸さない自分・・・。



優しさをもらうだけもらって、人には与える事のない心の貧しい自分。




それじゃ、僕の旅は、自己顕示欲の塊。




ここでお金を貸さなかったら100%自己嫌悪に陥る・・・・・。






ピロリロリーン〜♪




「たおた〜ん♪

この人たち、本当に困ってるんだからお金を貸してあげなよ〜。」





と、いつも僕の心の中に住んでいて、こんな心の非常時以外はすやすやとお昼寝しているMyエンジェルが、パッと目の前に現れて、僕の耳元で優しく囁いてきました。







でも、つい4時間前に出会ったこんなチャラチャラしたバカップルに・・・


いつ逃げられてもおかしくないこの状況下・・・・



やっぱり貸したくない。








ジャジャジャジャーンッ!!!!






「おい!たおたん!

何言ってんねん!

こんな救いようの無いアホになぁ、金なんか貸す必要なんかあらへんわ!!







と、いつも僕の心の中に住んでいて、こんな心の非常事態以外はぷらぷらと、飲み歩いている My
和田アキ子がパッと目の前に現れて、耳元で怒鳴り立ててきます。





そして、どうにも決めかねている僕をよそに、Myエンジェル
My和田アキ子が、どつきあいのケンカを始めだしました。




どー考えても、My和田アキ子が勝つに決まってます・・・・。




って、いうかMyエンジェルが殺される・・・・。





その戦いの結果、







「頼むから返してね・・・・・。

 で、お願いがあるんやけど、君の日本での連絡先ノートに書いてよ。」





と、奇跡的勝利を収めた瀕死のMyエンジェル






「ありがとうございます。絶対返しますから!

 ちゃんとこれ、僕のパスポートです。

 この内容書いたら良いですか?」











どアホ〜っ!

お前が日本人なんて最初から知っとるわ!

で、日本に帰って、わざわざパスポートナンバーからお前を探し出すなんて、ワシは能無し探偵か〜!!

そんなもん要らんから、とっとと名前、住所、電話番号を書けっちゅーねん!








あまりのアホさに息をふきかえし、絶叫するMy和田アキ子を、ぐっと押さえ込んで、




「い、いや、パスポートは信じてるから・・・・。

君の名前と住所と電話番号くらい書いといて。

 あと、お願いがあるんやけど、シェムリアップでは同じ宿泊まってくれる?」





「はい!わかりました。ありがとうございます。」




もう二度と手元に戻ってこないかもしれない100ドル札を惜しみ惜しみ、ボーイに手渡しました。





そして、バスを降りるとなぜかバスの横っ腹にあるトランクに預けておいたバックパックを、運転手さんに手渡されました。

この大型バスでシェムリアップまで行くと思っていたのですが、ここで荷物を持って行くという事は、イミグレーションで荷物検査でもあるのでしょうか。



ふと周りを見渡すと、あたりは物凄い活気で満ち満ちています。



旅人。


タイからカンボジアへ、またカンボジアからタイへと物資を運ぶ車。


両手いっぱいに荷物を持って往来するカンボジア人とタイ人。


数人でしか押せない大きなリヤカー。






            It’s 国境!






今までの旅で、こんな活気のある風景は初めてで、なんだかワクワクしてきました。


先頭を行くガイドさんについて行くとイミグレーションみたいな小屋に並ばされました。


列の最前列を見ていると、欧米人が手続きをしていて、入国管理官にお金を払っています・・・。



さっきバスの中で払った1200バーツは、ビザ代じゃなかったのでしょうか。

いや、バンコクのカンボジア大使館で払ったのも1200バーツなのであれは間違いなくビザ代です。



とすれば、これは何代??



考えうるのは、入国手続き代か何かか・・・。



すると、僕らの一つ前に並んでいた、でかい金髪の韓国人カップルの番が来ました。



窓口で、韓国人と入国管理官は、なにやらがっつりと話し込み始めました。とっても流暢な英語で何かを熱弁しています。


すると、いきなり韓国人が怒鳴り始めました。おっちゃんは焦った様に韓国人をなだめだしました。


怒り狂った韓国人は金を払う様子もなく、窓口から戻ってきました。






彼らなぜ、入国手続き代を払わなかったのか・・・・。


入国管理官に逆切れすることなんて果してなんなのか・・・。





僕はこの光景を全く理解出来ず、戻ってきた韓国人に何があったのか聞いてみました。




「みんながあいつらに払っているのは、賄賂だよ!
 
 いいかい。

 あいつらが払えっていう金は、絶対に払わなくていいからね。」







「わ、わいろ・・・・・・。」









この国にはまだ賄賂なんて悪習がまかり通っていたのです。

賄賂なんて、カンボジアの恐ろしいイメージそのものです。



カンボジアは僕が生まれた1970年代、ポル・ポトという独裁者が支配していました。

名前は関西の漫才コンビみたいで可愛らしいのですが、名前とは裏腹にとんでもない極悪非道な独裁者で、自国カンボジア国民をたくさん殺したのです。






殺された国民は、少なくとも
7人に1人というではありませんか。

親戚中でも、2,3人は必ず殺されているという脅威の数です。





そんな国で、賄賂なんてまだ可愛い方なのかもしれません・・・・。



次は僕の番です。賄賂だと知りつつも他の欧米人達はみんな払ってたし、僕とジン君はあの韓国人の様に交渉する英語力も無いし・・・。

僕は恐る恐る窓口に向かいました。

そして、その管理官が話し掛けてきました。



「はい、100バーツ(300円)払って。」





さっきの韓国人の話は本当なのか・・・。

よくよく考えてみると、みんな払ってるし、彼らがゴネただけって気もしてきたし・・・。

彼らは、果たしてこの後カンボジアに入国出来るのか・・・・。





100バーツくらいなら別に払っても・・・・。









「NO!」





僕はビビリまくった心とは裏腹に、いつの間にか首を横に振っていました。

すると、入国管理官は眉間にシワを寄せ、僕を問い詰めて来ました。





「WHY!?」





WHY??


賄賂を拒む事の理由・・・・。


なんや、なんや、なんや・・・・。


って、言うか、普通賄賂って、払う方に理由があるんちゃうん・・・・。







入国管理官を説得させる言葉と英語が見事に出てきません。

言葉に詰まった僕が吐き出してしまった言葉。


それは、去っていく韓国人を指差し、










「ひ・・、He siad !」





という、自分でも恥ずかしくなる幼稚なセリフ。


中1レベルの英語・・・・。


・・・・これじゃ交渉もへったくれもありません・・・・。


って言うかこんな肝心な時に、中1レベルの英語しか出てこないなんて・・・。


一体、僕の、中1から大学1回生までの7年間受けてきた英語の授業はなんやったんや・・・・・。



学費を払ってくれてた父ちゃんと母ちゃん・・・かたじけない・・・・。



管理官は眉間にシワを寄せたままうつむきました。


固唾を飲んで待った彼の次の言葉までの時間は、通常の精神状態ならそう長く感じなかったんでしょうが、ビビリまくっていたこの時ばかりは、10分も20分も待っているかのごとく、それはそれは、すこぶる長く感じられるものでした。

そして、管理官は目をつぶったまま、口をゆっくりと動かし、言ったのです。









「OK! GO・・・・!」








あれっ!?


なんで・・・??


良いんですか!!??





自分でもびっくりする結果に超戸惑ったのですが、管理官の気が変わらない内にと思って、遠慮なく猛ダッシュで逃げ去りました。



それにしても、あの韓国人はどんだけすごいネゴをしたのでしょうか。
感謝の気持ち以上に、不思議でなりません。


そして、ツアーのみんなが集まっている所に着いたのですが、ガイドのお兄ちゃんがいません。

みんなどうしていいかわからず、立ち往生しています。










(過積載の後ろのリヤカーにご注目)






ふと、ジン君が話し掛けて来ました。


「なんかねー、この国境を行きかう人達を見てて思ったんだけど、リヤカー引いたりしてる現地の人たちはパスポートとか、ビザとか全く見せずに自由に行き来してるんだよねー・・・・。



「まぁ、そりゃー、何回も荷物を行き来させてるだけだったら面倒くさいからフリーパスなんじゃないの・・・?」



「じゃぁ、どうやって現地の人かどうか見分けるの?

 もしかしたらカンボジア人だけど別の町に住んでる人かもしれないよ。」




「確かに・・・・・、うーん・・・。

 じゃぁ、服の汚れ具合・・・・・?」



「かも・・・・。」





そんな解けない謎を二人で追求していると
、ガイドのお兄ちゃんが大きいダットサントラック(荷台の付いてる軽トラの大きな4WDバージョン)でやって来ました。


そして、その荷台にみんなの荷物を積みだしました。総勢16人分の荷物です。


お兄ちゃんは、僕らに



「じゃぁ、女の子2人、助手席に乗って、残りの人たちは荷台に乗って。」



と超無理難題を出してきました。


バンコクからここまで、大型バスの座席に16人座り、トランクに16人分のバックパックを詰め込んできたのに、ここから乗用車の荷台に14人と16人分のバックパックを乗せるなんて・・・・・。



ふつーに考えて不可能です。



ただゴネてもそれ以上の車が出てくる気配ゼロなので、取りあえずみんなで乗ってみることにしました。



すでに、バックパックがどっさりと置いてあるので足の踏み場がありません。
みんな荷台のへりに座って、びっしり敷き詰められているバックパックの隙間に足を入れ、どうにかこうにか乗ることが出来ました。



ただ、この状態で走り出して、誰か振り落とされないか心配です。


座っているのがへりなので、乗っていると言うよりも捕まっているという表現が適切で、
イナバ物置が百人乗せたまま走り出しちゃうくらい危険です。




バンコクから一緒に来てくれたガイドのお兄ちゃんは、ここからまたバンコクまで折返し帰るらしく、カンボジア人の顔が超怖いお兄さんとバトンタッチしました。


そうして、1人増え、15人と16人のバックパックを乗せたイナバ物置はゆっくりと走りだしました。


怖いけど、風を肌に受けて走るのは気持ちいいもんです。



っと、思っていた矢先。

道のアスファルト舗装が無くなり、凸凹道へ。


車は、ドコンドコンと大きく揺れるのでへりをぐっと捕まえていなければ落ちそうです。


この体勢でシェムリアップまで5時間も・・・・。




しばらくすると、僕の右足の甲に猛烈な痛みを感じ始めました。

慌てて、見てみると僕の足の上に何人かの足が乗っかっています。


僕はサンダルを履いているのですが、その真上にジン君のブーツのカカトが、グッサリと、めりにめり込んでいます。




「ジ、ジン君・・・・。

 刺さっちゃってるんやけど・・・・・。

 君のブーツが僕の素足に・・・・。」



「あっ!?

 ご、ごめん。すぐにどけるから。


 あれっ・・・。あれっ・・・!?

 ご、ごめん、ただ、みんなの足が僕の足に乗ってしまってて抜けないよ・・・。」




「えーっ!!5時間もこのままー!?」






とは、叫んだものの、確かにこの状況でみんなが足を上げると、もともと不安定な状態なので、後ろにひっくりかえっちゃいます。



ただ、あまりに痛すぎで足がしびれてきました。








 
(悶絶中の僕とジンくんと顔の超怖いガイドさん)







限界を悟り、もうこれ以上はやばいと心の赤信号がともりだした、その時、車は沿道の建物の方へと右折しました。この建物は、どうやら食堂のようです。


そう言えば、朝から何も食べていませんでした。
僕の足は、この食事休憩のお蔭で命拾いしました。


休憩を終えて、再び、イナバ物置に乗り込む時、さっきの二の舞にならぬように、車の外に向かって足を放り投げて座る事にしました。


おかげで、残りの4時間は、足をぷらんぷらんさせながら快適に過ごす事が出来ました。


そして、シェムリアップの町に到着したのは、辺りがもう真っ暗になってしまった午後8時。

ツアー会社と恐らく提携しているであろう、ガイドブックにも載っていないゲストハウス。
地図上のどこにあるかもわからないこのゲストハウスの敷地内で、有無を言わさず降ろされてしまったのです。









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