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リキシャーと僕。
悲しい町アーグラを後にした僕は、ピンクシティーと呼ばれるジャイプルに着きました。
ピンクシティーと言っても、別にソープランド街ではありません。街の建物がピンク色なのです。
この町の観光スポットは町のピンクの建物の他に、郊外に点在しています。なので、観光する一般的な方法はリキシャーを一日ハイヤーして回るのだそうです。
僕も一日観光をする為に、リキシャーと交渉してみる事にしました。
(リキシャーとは、人力車の自転車版の様なもの。タイのトゥクトゥクのちゃりんこバージョンとでも言ったらいいでしょうか。)
(下の写真参照)

町を歩いていると、大勢のリキシャーのおっちゃんが次々に声を掛けてきます。自分のリキシャーに乗れと言ってくるのです。
そして、今インドで流行っているのでしょうか。来るおやじ来るおやじは、みんなある物を持っています。
それは、通称リコメンドノート(紹介ノート)と呼ばれるものです。
観光客にリキシャーに乗ってもらった後に、感想を書いてもらうのです。感想と言ってもほとんど強制的に良かった点について書かされます。
中には本当にいいおっちゃんもいて勧めてあげたい気持ちになりますが。
紹介文は英語や、日本語、また韓国語で何ページも書き綴ってあります。
そして、勧誘の時にお客さんにこのノートを見せて自分の良さや、怪しくないことをアピールするのです。彼らにとっては全ての客が、「いちげんさん」なので彼らの知恵の結晶なのでしょう。。
ただ、このノートに関しては、賛否両論です。めちゃめちゃボラれながらリキシャーに乗って、それを知らずにベタ褒めしちゃうおバカさんもいるのです。
もっとおバカさんは、
「このおじさんはとってもいい人です。今から、一緒に一日観光に行ってきまーす♪ 22歳 ○本△子 東京都」
と、乗る前に書いちゃうのです・・・。
きっと、インドではこんな純粋な子が、ボラれちゃったり、拉致られちゃったり、殺されちゃったりするんだなぁって思いました。
だから、このノートは決して鵜呑みにしてはいけません。細心の注意を払って書き込みが正か、否かを判別しなければいけないのです。
と、近くで待ち伏せしていたリキシャーのおっちゃんが、僕を日本人と確認するや否やこっちにすり寄って来ました。
やっぱり手に持っていたリコメンドノートを僕の前に出し、日本人が書いてくれたのであろう日本語のページをパラパラと探し出しました。
その顔は自信に満ち満ちた得意マンベン。
俺はこんな素敵な人なんだ!
さぁ、読め!
そして、俺をハイヤーしろ!
その得意げな顔からはそんな気持ちがビンビンに伝ってきます。
ただ僕は、そんな表情を見ると今までの経験則から疑惑の念がふつふつと涌いてくるのです。
おっちゃんを疑いながらも、受け取ったノートに目をやると、そこには確かに日本人のお兄ちゃんが書いたであろう日本語の文章がありました。
一応は書いてもらっているのです。ただこの時点では、お兄ちゃんが騙されながら書いてしまった可能性があるので信用出来ません。
なので、書いてあるお兄ちゃんの紹介文を注意深く読んでみました。
この人は危険です。やめた方がいいと思います。
千葉県 ○谷△男 26歳
「んっ・・・・・・。」
「どうだ・・・!?」
「・・・・いやっ・・・!?」
「だから、どうなんだって?」
「いえ・・・、あの・・、結構でーす!!」
この超怪しげなおっちゃんから逃げ去りました・・・。
これを書いてくれた日本人のお兄ちゃんの機転の利いたファインプレーに感謝しました。
それにしても、あのおっちゃんは宇野勝級(元中日)の珍プレーにいつ気がつくのでしょうか・・・。
さらにリキシャーを探しているとリコメンドノートではまぁ褒められているおっちゃんに出会いました。
そして早速交渉に入りました。
「1日ハイヤーで、この場所からスタートし、ジャイプールの観光地を4箇所回り、ここまで帰ってくる。その後料金を払う。」
この内容でおっちゃんは安い料金を提示してきました。
なので、このおっちゃんに決めようとすると、今度はおっちゃんの方から条件を出してきました。
それは、お土産屋を3件回る事。
おっちゃんとしては、お土産屋さんに寄ると、マージンがもらえるのでしょう。
でも、僕はバックパック一つの旅行なのでお土産は極力最後の町で買う事にしています。そうしなければ、移動中の荷物が重くなって仕方ありません。
この町ではまだお土産屋に行くつもりがないので、
「じゃ、いいよ・・・。」
とあっさり断ってくるっと振り返り、次のリキシャーを探そうとするとおっちゃんは、僕の前に回りこんできて、
「2軒!2軒でいいから!!オーケー・・・?」
「だから、いいって・・・。行きたくないし・・・。」
断って、また立ち去ろうとすると、
「分かった!1軒!1軒でいいから!!」
「いや、だから僕は、行きたくないんだって。答えはNO!」
「OK!!行かない!お土産屋さんは行かないから乗れ!!」
お土産屋の立ち寄りがなくなって、しかも次のリキシャーを探すのも面倒くさくなってきたので、このおっちゃんに決めました。
僕のジャイプール1日ハイヤーの旅が始まりました。
ハイヤーはとっても楽チンです。
地球の歩き方で道を調べる必要もないし、どこが面白いか調べる必要もなく、おっちゃんに任せて、ただ風を受けながらのんびりと見どころを回れるのです。
ちょっぴりセレブな気持ちになれちゃいます。
おっちゃんが、最初に連れて行ってくれた所がウォーターパレス(水の宮殿)と言われる場所です。

ここはその昔マハラジャが住んでいたという池の中にたたずむ美しい宮殿です。
池が鏡の様に宮殿を映し出し、その景色がとても艶やかで、しばらくの間僕はジーっととその姿に見入ってしまっていました。
すると、リキシャーのおっちゃんが僕に声を掛けてきました。
「ちょっとそこで待っててな。」
そう言うと、おっちゃんはウォーターパレスの方へ走り出しました。
どこへ行くのか見ていると、宮殿の池の方へと走って行き、池に向かってジャッーっと用をたし始めました・・・。
人がロマンに浸っている時になんて無神経な・・・・。
それに、わざわざあんな所まで走っていかなくてもそこの草むらですればいい話です。
ただ、帰ってきたおっちゃんを見ると全く悪気のない顔です。
さらにひと時の間、写真を撮ったり、またぼんやりと宮殿を眺めていました。
すると、どこからか男が走ってきました。
男はそのまま池の方へ走っていき、今度はズボンをすりおろして、池の方に向かってしゃがみこみ、おっきい方の用を足し始めました。
・・・ウォーターパレスっていうか・・・・
・・・ウォシュレットパレスやん・・・。
僕のロマンチックなひと時が、彼らの憩いのひと時で台無しにされてしまいました。
かなり興ざめしてしまった僕は、このウォシュレットパレスを去ることにしました。
そして、他の3箇所の観光地を回り、本日の1日ハイヤーの全日程を終了した時にはもう日も暮れかかっていました。
後は元来た町の中心に戻るのみです。
しばらく走るとおっちゃんは急にある家の前でリキシャーを止めました。
不思議に思った僕は、
「なんなん?ここは・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。」
おっちゃんは何にも答えようとしません。ただ、黙っているのです。
僕はこの変な沈黙とにピンと来ました。
「だからぁ・・・、僕は行かへんって言ったやろ・・・!」
「お願い!お願い!
見るだけでいいから!そうしたら、僕は少しのお金がもらえるんだ。
お願い・・・」
「・・・・・・。」
やられたなぁとは思いながらも、いいおっちゃんだったし、ここはボランティアだと思う事にし、目の前のお土産屋さんに入ってあげることにしました。
中に入るとハンドメイドのシルク屋さんでした。すぐに、店のお兄ちゃんが寄ってきて、奥まで連れて行かれて、座らされました。
そして、お兄ちゃんは次々にシルク製品を見せてきました。
初めは全く興味がなかったのですが、さすが、成約ベースでなく集客ベースでリキシャーにマージンを払うだけはあります。
話を聞いているとだんだん欲しくなってしまうのです。
欲しくなったのは、シルクのスカーフです。本物かどうかさえ判らないのですが、手触りがとても良いのです。
さらには、お兄ちゃんが本物のシルクだという実演に胸を打たれました。
スカーフを一度くしゃくしゃにして手の平に丸め込み、その手を開くとスカーフがボワッとハンドボールくらいの大きさまで、弾ける様に一気に膨らむのです。
その実演が本物だからそうなるのか、ポリエステル100%でもそうなるか、本当は、全く判らないのですが、かなり単純な僕は、この現象一つに思いっきり洗脳されてしまい、シルクのスカーフが超欲しくなってしまいました。
そこで値段を聞いて見ることにしました。
「これいくらなの?」「何枚欲しいの?」
即答で聞き返されてしまいました。
ただ、これはよくあるパターンです。沢山買えば安くしてくれるはずです。
僕は、買って帰る人を指折り数えました。
「1人、2人・・4人・・・えーっと、全部で6枚かな・・?」
「6枚か。それだったら特別に安くして、一枚あたり700ルピー(2100円)でいいよ。」
スカーフ1枚2,100円!
6枚で12,600円也!
た、高い・・・。
でも、いい肌触りの生地なので日本じゃもっと高いに違いないし・・・、
でも、よく考えたら日本でシルクの値札なんて見たことないし・・・。
でも、お土産に買って帰ってみんなにボワッとしてみたいし・・・、
葛藤は続きますが、この値段ではとうてい買えそうにありません。
安くならないか交渉してみる事にしました。
「うーん、高いなぁ・・・。もうちょっと安くならへんの?」
「じゃぁ、いくらなら買う?」
「そうやなぁ、一枚130ルピー(400円)やったら買うかなぁ・・・」
それを聞いた周りの店員たちとおにいちゃんは一斉に声をあげました。
「ぎゃっはっはは〜!!」
「わゃっはっはは〜!!」
「うわゃっひゃひゃひゃ〜!!」
「ぎゃっはっはは〜!!」
僕は、とっても見る目のない値段を言ってしまったのでしょうか。
部屋中に、大爆笑がこだました。
周りに観光客も沢山いて、みんなの注目を集めてしまっただけじゃなく、素人の無知を笑われた様で、思わず赤面してしまいました。
でも、やっぱりそれ以上は出せません。
その後の交渉でも、130ルピー(400円)どころか400ルピー(1200円)からはビタ一文も下がらず、場はこう着状態でした。
もうどちらとも話す言葉も無くなって、沈黙の時間が刻一刻と過ぎ去っていきます。
この店に入ってきてそろそろ小一時間近く経つでしょうか。
この店に着いた時すでに日が暮れかかっていたので、もうとっくに外は日が落ちて暗くなっているはずです。
おっちゃんの勧誘とはいえ、外でずっと待たせているのも悪いと思ったので、仕方なく諦める事にしました。
「じゃぁ、いいよ。帰るわ。」
そう言うとお兄ちゃんは広げていたスカーフを次々に畳み始めました。
「そうか・・、残念だな・・・。グッドプライスだったのにな・・・。」
僕も正直残念です。このシルクのスカーフは日本で買うともっと高いだろうし、この町以外ではもう出会える可能性はないからです。
ただ、僕にも予算があるので諦めるしかありません。やっぱり良い物は高いのです。自分にそう言い聞かせる事にしました。
僕は腰を上げて、ドアの方へ向かって歩きだしました。
「オッケー!
130ルピー(400円)!!」
返してくれる・・・?
僕の貴重な時間を・・・。
超無駄な時間を過ごしてしまいました。あの長い交渉時間はなんだったのでしょう。
ものすごい空虚な気持ちになってしまいました。
この空虚感と言ったら・・・。
クイズミリオネアや、東京フレンドパークをテレビで見てて、
「1000万まで、あと1問!!」
「やった〜!パジェロ当たった〜!」
って、僕が一生かかって稼ぐであろう大金なのに、
たった一年で軽がる稼いでしまう有名人を、
心底応援してる貧しい自分にふと気づいた時ほどです・・・。
外に出るとやっぱり日がとっぷりと暮れていて辺りは真っ暗でした。
そして、外で退屈そうに待っていてくれたおっちゃんに待っててくれたお礼を言ってリキシャーに乗り込みました。
これからホテルのある町へ戻るのです。
おっちゃんはシャカシャカリキシャーをこぎ始めました。
しばらくして、ふと僕の脳裏をある疑惑がよぎりました。
初めおっちゃんとの交渉では土産屋を3件回る様に言われ、断ったにも関わらず1軒連れてこられた。
当然、2件目に連れていかれる可能性がある。
僕の契約したハイヤー料金は安かった。おっちゃんは、土産物屋からのマージンを考慮した値段だったのかもしれない。
とすれば、今日一日の稼ぎを得られなかったのかもしれない・・・。
これは、またどこか違う土産屋に連れて行かれて泣き落とされる可能性はやっぱり超高い・・・。
もう・・断るの面倒くさいな・・・。
そんなことをずっと考えながら乗っていました。
すると、おっちゃんは急にこぐのをやめてリキシャーを道の路肩に停めました。
やっぱり僕の疑惑は現実に変わってしまったのです。
リキシャーを停めたものの、おっちゃんは何も言いだしません。
さっきと同じだんまり作戦です。本当に面倒くさいおっちゃんです。
「どうしたん・・・・?・・・・なぁって!」
僕の問いかけを待っていたかの様に、おっちゃんはゆっくりと話し始めました。
「・・・実は・・・
・・ここからバスで町まで帰って欲しいんだ・・・・。」
「なっ・・!?なぬ・・・!」
おっちゃんは、さっきの僕の疑惑をはるかに超越した驚愕の作戦にでました。
恐ろしいほどの契約違反です。
今まで、このおっちゃんがいい人だと思って接してきましたが、だんだん腹がたってきました。
許したものの土産屋にも寄らないという約束を破り、一日ハイヤーで往復の約束だったのに帰りはバスで帰れと言う。
この男は紛れもなく嘘つきの典型的な不良インド人のおやじです。
ついに本性を現したのです。
そうと分かれば僕も遠慮する必要もありません。
僕の怒りを思いっきりぶつけました。
「お前なぁ・・・、お前がどうしてもって頼むから土産屋にも寄ってあげたんやぞ・・・。
それやのに、今ここで降りろぉー?
最初に今日一日ハイヤーするって約束したやろ!
町まで行けよ!
行かへんかったら金払わへんぞぉ!!」
金を払うか払わないかの決定権は僕にあり、僕は圧倒的有利な立場にあるのです。金がもらえないとなると、おやじは、嫌々でも町まで行かなくてはなりません。
よしんば、行かないというのなら、僕は金を払わずにバスなり、違うリキシャーなりを捕まえて帰るだけなのです。
だから、おやじの次のセリフはたった一つなのです。
「すいませんでした。」
これ以外の言葉がおやじの口から発せられた時に言う言葉も決まっていました。
「さようなら」
すると、おやじは、やっと蚊の泣くような声でボソッとつぶやきだしました。
「幼い息子を、保育園に迎えに行かないといけない時間なんだ・・・。」
「あのー・・・やめてくれへん・・・・・・
そういう事言うの・・・。
なんか僕の方が悪い人みたいになっちゃうでしょ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
その後もおやじは何も言わず、ずっとうつむいたままです。
僕は、このヘビーな空気にしびれを切らしてしまい、耐えられなくなってしまいました。
「・・・ほらっ、金払うから。
・・早く息子を迎えに行けよ!」
「わ、悪いな。じゃぁ・・・。」
そう言って金を受け取ると、オヤジはリキシャーをクルリと方向転換し、再びペダルをこぎ始め、暗闇へと消え去っていきました。
本当に子どもを迎えに行ったんだろうか・・・?
9割の確率で、直帰したと思うんやけど・・・・?
そんな事をぼんやりと考えながら、いつ来るかも分からないバスを暗闇の中待ちました。
彼等インド人は、僕の怒りでさえも自由自在に操る事が出来る傀儡子(くぐつし)なのです。
僕ら温室育ちの日本人はどんなに頑張っても傀儡子に糸で操られるマリオネットにすぎないのでしょうか・・・?
いや、そんなはずは無い次は絶対に負けない。
だって、その為にインドまでやってきたんだから・・・。
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