初めての盗難アジア 〜中の中編〜
 
 







一刻も早く、トラベラーズチェックを止めなければ







・・・・・・・・・・・・・・。




・・・・・・・・・・・・・・。





で・・・、何したらいいんやろ・・・・?







少し落ち着いた僕は、バックパックから放り出した荷物の中から、一冊のノートを取り出しました。



実は、万が一の為に備えて、腹巻貴重品ベルトの他にもトラベラーズチェックとドルキャッシュを隠し持っていたのです。



それらは、今取り出したバックパックの底の方に詰め込んでいたノートの中。


そこにトラベラーズチェック12万円分とドルキャッシュを3万円程を隠し持っていたのです。




こんな悲劇が起こるなんて予想だにしなかったけど、本当に危なかった。

もし、分けていなかったらと考えてるとゾーッとする。




ただ、パスポートが無く、トラベラーズチェックを両替出来ない今、このドルキャッシュは最後の最後の命綱なので、手を付けずに持っておきたい。





そして、僕は、ガイドブックに盗難にあった時にすべき事が書いてあった事を思い出しました。



慌ててガイドブックを手に取り、パラパラとページをめくり出しました。




トラベラーズチェックを盗まれた場合には、まずツーリストポリスに行き、盗難証明書なるものを発行してもらい、それを持ってアメリカンエクスプレス(トラベラーズを発行している会社。以後アメックス)に行き、パスポートと一緒に提出すると再発行される。とありますが、







そのパスポートも無いんやけど・・・。






パスポートの再発行のページを見ると、

「ツーリストポリスに行って、盗難証明書なるものをもらい、日本大使館へそれを持って行く」

と書いてあります。




つまり、一番初めにしなきゃいけない事はツーリストポリスに行き盗難証明書を発行してもらうという事です。












そーいえば、カオサン通りのすぐ近くの大通りにツーリストポリスと書いてある建物があったような気がします。


さっそく外に出ると、もう辺りは真っ暗で日がとっぷりと暮れていました。


大通りに出て、しばらく歩くと建物に、しっかり「ツーリストポリス」と書いてあります。



カオサン通りは、旅人の集まる安宿街なので、きっとトラブルも多く、様々なトラブルにもすばやく対応が出来る様にこんな近くて、便利な場所に存在しているのでしょう。


建物の中に入って行くと、受付の様な所があり、そこに警官の制服を着た男性が座っています。

その男性に歩み寄り尋ねました。




「あのー、すいません。パスポートを盗まれてしまったのですが・・・。」


「えっ!?何?」


「パスポートを盗まれてしまったのです。」


「あっ!それなら、ここじゃなくて警察署に行って。」


「あっ、そうなんですか。じゃぁ、この地図のどのあたりですか?」



僕が地図を取り出すと、警官のおっちゃんは指で警察署の位置を示してくれました。


「ここだね。ここ。このムエタイ場の隣り。」


「分かりました。ありがとう。」




でも、よくよく考えてみると、





ツーリストの盗難に応対せんかったら、

ツーリストポリスって一体何をする所やねん・・!!












警察署まで徒歩で行ける距離じゃないのでトゥクトゥクで行くしかありません。財布の中身と相談してもまだそれくらいの余裕はあります。


安心した僕は、さっそく、トゥクる事にしました。


トゥクトゥクに揺られ僕はバンコクの夜の喧騒が、なんだかむなしく感じてきました。


警察署に到着し中に入って行くと、警察官がいたので、またさっきと同じようにパスポートを盗まれた事を伝えました。

すると、奥の部屋へと案内されました。

さすが、警察署。無駄なものがほとんど無い殺風景な部屋です。この寂しい部屋でお巡りさん達に囲まれていると本当に自分は盗難に会った被害者なんだと改めて実感してきました。


そして、20代前半で僕と年も変わらない様な若い女性のお巡りさんがこっちへやってきました。

そして、にっこりと微笑み、彼女は僕に一枚のカードを手渡しました。見てみると、僕の名前や住所を記入する用紙でした。

僕は、カリカリと記入し始めました。名前、住所、盗まれたモノ。
記入していると、その女性が僕に何かを見せてきました。

よく見てみると、それは定規でした。

なんだろうと思い、その定規に目をやると茶色のキャラクターで、お世辞にも可愛らしいですねとはいえない代物です。


そして、その隣に日本語で「こげぱん」と書いてあります。
と、言う事はこのキャラクターがこげぱんなのでしょう。


そして、彼女はにっこりと微笑み言いました。





「KO・GE・PA・N・・・。」







ん・・・??


だ、だからなんなんや・・・?







ま、まさか僕が命の次に大切なものを無くしたのを知ってるから、

その笑顔で、

そのこげぱんで、

日本のキャラクターを二人の共通項にして、

僕の事を慰め、


元気付けてくれようとしているんか・・・?



・・・・・・・・・・。




ただ・・・、ごめんなさい。


その優しさを今の僕の悲痛な心境では受け入れられない。


辛い時の優しさは、素直に受け止めることが出来ず、屈折して受け止めてしまい、むしろやるせない気持ちになってしまう。








チャゲアスの言葉を借りると、



丸い刃は、なお痛い・・。
















で・・、そもそもこげぱんってなんなんや・・・?








文具キャラと言ったら、ケロケロケロッピ、たー坊世代の僕は、日本でも聞いた事がない。




ただ、机一つ挟んで、全力で素無視する事はやっぱり出来ないので、無理くり笑顔を作り出し、





「Oh!コゲパン!

 It’s Japanese caractor!」





と知ってる振りをして、今の僕が言える限界のセリフを心の中からこじ出しました。









お姉さんもう話しかけないで。



光が決して届かない不幸の谷のどん底にいる僕には、あまりにもまぶし過ぎるから、あなたのスマイルが・・・。









僕の笑顔が必死で作り上げたものだと気づいてか、気づかないでか、書き終えたカードをお姉さんに渡すと、それを持ってにこにことしながら、部屋を出て行きました。





はぁ・・・。





僕は、とてつもない不安を胸にとどめる事が出来なくなり、溜め息を大きく一つ吐きました。



ガサッ・・!



すると、僕の右やや遠めの方で物音がしました。


そこには、警官のおっちゃんが暇そうに椅子に大きくもたれかかり、新聞のページをめくり返していました。


見た瞬間、警官は手に持った新聞から顔をひょこっと出し、にやにやと笑いながら僕にこう言いました。






「SHINJI〜 O〜NO・・・! 」





「はいっ!? 」










「SHINJI〜 O〜NO・・・!」 









小野伸二・・・・?


今度は「知ってるニッポンシリーズ サッカー編・・・」?












「INAMOTO〜・・・!!」



















って、お前ら慰めるどころか、全力で楽しんでるやろ・・・・・。









その後、盗難証明書と手に、脱力感と憤りを胸にゲストハウスに戻りました。








僕の海外旅行は、この旅で6回目。

常に持ち歩いていたトラベラーズチェック。

そして、トラベラーズチェックというのは、1ドル、10ドル、20ドル、50ドル、100ドル等があり、その一枚、一枚に番号が振ってあります。

盗難にあった場合は、失くした分のお札の番号をアメックスやトーマスクックといった発行している会社に申請すると、再発行してくれるのです。


ただ、一度も購入したトラベラーズチェックのナンバーを記録していませんでした。


答えは単純明快。



面倒臭かったからです。




つまり、毎回もしもに備えて日本円をトラベラーズチェックにして持って行ってたのですが、全く、そのもしもに備えられてなかったのです・・・。




ただ今回の旅でキセキが起こったのです。


なんと生まれて初めてメモっていたのです。


その理由はと言うと、前述の通り、出発前に嫌な予感がしたから、ではなくて、いつも以上に退屈な時間が多かったからというとっても不純な理由です。






早く盗まれたナンバーをアメックスに伝えなければ・・・!


そうは思うもののさらに問題が2つ。





1つ目: 公衆電話を掛けようにも掛け方が
全く判らない。



2つ目: アメックスのスタッフと電話で英語を話す自信が
全くない。





この二つの問題を解決する方法は・・・・。


しばらく考えた後、導き出した僕の答えは・・・。











「ウォンさんにすがる!」






早速フロントに行って、ウォンさんにお願いしました。


すると、ウォンさんは気持ちよくオーケーしてくれ、アメックスのバンコク支店に電話をしてくれました。

そして、僕の盗まれたトラベラーズチェックの額とナンバーを次々に電話の向こうにいるスタッフへとタイ語で伝えてくれます。



あぁ、本当にこの宿にしてよかった・・・。



話終えたウォンさんは受話器を置き、


「ちゃんと止まったよ。次はアメックスのバンコク支店に行って書類を書くともらえるみたいよ。」


「あ、ありがとうございます!」



僕は、電話代をウォンさんにお返しました。

ウォンさんのお蔭で一つ問題をクリアできました。

ただ、問題は山積み。トラベラーズチェックを再発行する為には、パスポートを再発行しなくてはいけない。



けど、パスポートを再発行するにはドルキャッシュがいる。




出来ればパスポートの再発行代のみに、ドルキャッシュを使って残りはどんな貧乏生活をしてでも残しておきたい。それもいくら掛かるかわからないし、どれくらい期間がかかるのか・・・・。


ガイドブックを開き、そして、盗難にあった場合のページをパラパラとめくりました。


費用、1万円。


よし、これはなんとかいける。



げっ!!



期間:1週間〜2週間程(込み具合によって異なる)



2週間もここに・・・。


はたして、3万円で持つだろうか・・・。


パスポートに1万円払ったら、残り2万円。


宿代が一泊270円で、飯代が一日約200円。


つまり生きるだけなら2週間で約5千円。


そこに2週間分の宿代、飯代を払っていくとギリギリの生活。出来ない事は無い。

ただ、なにかあったらどうしよう。他に必要な出費が出てくるかもしれない・・・。







少しでも現金を、現金を減らさない方法・・・。






そうや・・・・・。







「ウォンさん。お願いがあるんです。

 実は宿代なんですけど、トラベラーズチェックが換金できるまで待ってもらえませんか?」




宿代は一日ごとに支払う。それがこの宿の決まりでした。ただ、親切で、心優しいウォンさんなら、この状況を考慮してこのお願いを聞いてもらえるんじゃないか。


そんな気持ちでウォンさんの顔を拝みました。




「わかった。いいよ。」




やっぱり僕の期待感を裏切らない優しいお言葉が返って来ました。
心からウォンさんにお礼を言いました。






「で、お金ないんでしょ。」



「えっ!?」



「換金出来るまでのお金を借してあげるよ。一日500バーツ(約1500円)、10日分あれば足りるよね?」








僕は始めウォンさんが何を言っているのか理解できませんでした。





ただ・・・。

ただ、ウォンさんがいくらいい人だからって、そこまで甘える訳にはいきません。

なぜなら、一泊270円しか払っていない僕が1500円を借りる事は、おかしいし、また一食50円くらいで食べられるタイでは、1500円という金額は決して安い額ではないからです。





なにより僕らはまだ知り合って4日。






宿代もつけにしてもらって、お金も借りる。


この人は、僕がこのお金を借りたままトンズラする事が全く頭に無いのか・・・?


僕の部屋は離れの建物だから、ここのフロントの前を通らずにいつでも出て行けるのに・・・。




どうして、4日前に知り合った外国人をここまで信用出来るのか・・・。









「い、いや、大丈夫です・・・。

 僕はまだドルキャッシュがちょっとあるんで、それを崩しながらやって行こうと思いますんで・・・。」







「・・・・・・・・・・。」





本心とは裏腹に断ってしまいました・・・。




本当は喉から手が出る程、借りたかった。





でも、やっぱり借りちゃいけなかったと思う。



たとえ、これからの旅が苦しくなったとしても、もとはと言えば、自分でまいた種だから、自分の力でなんとか乗り越えなきゃいけない。


それに、ウォンさんにはもう十二分にお世話になった。



そう強く自分に言い聞かせたのです。





すると、ウォンさんはニコリと笑いました。




「いいよ〜。これから、カンボジアやベトナム行くんでしょ。

 そこでは絶対にドルキャッシュが必要になるんだから取っておきなよ。」











ウォンさんのこのお言葉で、僕の心の中にダムの様に貯まっていた感情が、堰を切った様にどっと溢れ出しました。





 「あ、ありがとう・・ございます・・・・。」




その感情というのは、盗難にあってからずっと僕を支えてきた張り詰めた緊張感や、気負い、他人への疑心。






目に涙を貯めながら僕は、ウォンさんから1万5千円分のタイバーツをお借りしました。




「あ、ありがとう・・ございます・・・・。」





僕の中で終わっていた旅を、ウォンさんは、まだ応援し続けてくれていました。









このままじゃ、日本に帰れない。










僕の心の奥で消えかかっていた火が、再びメラメラと燃えてきました。


確かに、貴重品ベルトを盗まれた時はめちゃめちゃ辛くて、打ちひしがれたけど、おかげで掛け替えの無いウォンさんとの大きな大きな出会いを感じることが出来た。











旅を続けよう








パスポートが無くなり出発が出遅れた今、



出遅れたからこそ出会える人や、出会える事件があるはず。



それらを、め〜いっぱい感じる旅にしてみせようやんか。










僕は、日本に帰らずに旅を続ける事にしました・・・。








僕は命の次に続く多くの大事なものが盗まれてしました。





ただ、盗まれてもいないのに僕が勝手に捨てていたものがありました。





それは、




人と一緒に笑う心。





人を信じる気持ち。







この二つは、確かに無くても旅は続けられるし、命の次に大事って訳でもありません。



でも、僕にとっては、何より大切な大切な貴重品。




この二つを忘れた旅なら、旅することに何の意味も無い。




ウォンさんは僕に、この事をもう一度思い出させてくれました。



これからめーいっぱい大きな声で、笑って行こう。



いつも、いつでも、いつまでも・・・。



例え、今度再発行したパスポートをもう一回盗まれたとしても!




大きな声で笑い飛ばしてやろう。





「がははははぁっ〜!」









っと。




・・・・・・・・・。





・・・・・・いや、それはやめとこう。







それじゃ、ただのあほや・・・・・。










      初めての盗難アジア 〜中の中編〜

               おわり