初めてのトウナンアジア
 〜前編〜 










「とても嫌な予感がする・・・。」





家の玄関を一歩出た瞬間から僕の心の内側にずっとこびり付いていた不安。

今までこのたぐいの不安は一度たりとも外れた事がなく、学校やバイトに行く時も、遊びに出かける時もこの不安を感じた時は必ずと言っていい程、何か大切なモノを忘れていました。

それは定期券であったり、財布であったり腕時計であったり、お弁当であったり。




これから始まる二ヶ月の東南アジア一周の旅へのなにかの不吉な警鐘なのでしょうか。




気になって仕方がないので、何度も貴重品を確認してみたのですが、パスポートも、航空券もトラベラーズチェックも、全てお腹に巻いてある貴重品ベルトにしっかりと入っているのです。


今回ばかりは、この不安がただの思い過ごしであって欲しい。そんな心持ちで関空、そしてバンコクへと向かいました。









熱い熱気が漂うバンコクはドン・ムアン空港に降り立った僕は足早に、バックパッカーの聖地と言われるカオサンロード行きのエアポートバス停に向かいました。

時刻は9時過ぎなので、辺りは真っ暗。それでもまだかなり蒸し暑く、じめじめしてて湿度も相当高く、改めてアジアに来た事を実感させてくれます。


2年前にバンコクに来たときはツアーだったので、大型の観光バスが迎えに来て、花のレイを首に掛けてもらい、きれいなホテルへと向かいました。

が、今回は一転して貧乏旅行のバックパッカー。


何から何まで自分で行わなければなりません。エアポートバスに乗り込んだ僕は車窓から流れる景色を見ていると、なんだか前回とは全く違ったバンコクに見えてきました。





「この黄色の外灯がなんだかもの悲しく見えるなぁ・・・





人が見てる景色って、感情を通して見てるから、その感情が全く逆だと、同じ景色を見てても全く別モノに見えたりするのかもしれないな。


そんな事がふと頭に浮かんできました。

きっと今回は、1人旅で2ヶ月、初めての陸路での国境越えにのぞむので、心細かったのでしょう。





今回の旅は、これから一体どんな人たちや体験に出会うんやろ・・・・。

そもそもそんな出会いが待っててくれるんかな・・・。




弱気な僕を乗せたバスはやがてカオサンロードへと到着しました。


ガイドブックであらかじめ決めていたホテルがありました。
欧米バックパッカーに人気で、ホテルでいつも賑わっていると書いてあったのです。

バスから降りた僕は、ガイドブックを手に、ネオンのきらびやかなカオサンロードを歩き、狭い路地を通り抜けた所にホテルを発見しました。

真っ暗なフロントに恐る恐る入ると、電灯も付いてるのか付いてないのか分からない程暗く、本当に開業してるのかどうか不安になってきます。


とりあえず大声で奥の方に向かって叫んでみました。



「すいませーん!」



すると、のっそのっそと面倒くさそうに従業員がやって来て部屋へ案内してくれました。


案内された部屋は外の光が全く入ってこない牢獄の様な空間。

汚れたトイレ。



この遅い時間から他の宿を探すのも面倒くさいので取り合えず今晩だけと自分を言い聞かせ、泊まる事にしました。


とは言っても明日の朝までこんな所にいたら寂しさ満開。僕は荷物を置くと、すぐさま外へ飛び出しました。

すると、宿の前にちょっと太目で30歳くらいのお兄さんが座っていて飯を食いながら現地の人と何かを話していました。

その話が一段落するのを待ち、お兄さんに話しかけました。


あのー、すいません。このホテルはバックパッカーに人気の宿って書いてあったんですが・・・。」


「昔は人気あったみたいだけどね・・・。今は全然人気ないよ。

 そうだ、お腹減ってない??

 ご飯でも食べながら話そうか?学生さんでしょ。

 おごってあげるから。行こうよ!」



お兄さんは今まさに右手にスプーンを持ち、飯を食っているのにも関わらず、なぜか僕を食事に誘ってくれました。

お兄さんはカオサン通りに面している綺麗なレストランへと僕を連れて行ってくれました。



なんでもいいよ。好きなの食って!」

「えっ!?ホンマですか?」

「僕も学生の時はこうやって社会人の人におごってもらってねー。

実は、僕は来月から仕事変わるんで、今回はその合間を利用してタイに来てるんだ。

だから、僕がしてもらった事を次の学生さん達にしてあげたいんだよね。」








優しさの輪廻転生・・・。



トラベラーズ ペイフォワード・・・。






このお兄さんのタイの気温よりも温かい気持ちがぐっと心に染込んできました。

これはさっき知り合ってまだ10分だからと言って遠慮なんてしてちゃいけない。

かえって失礼に当たる。

ここは全力でお兄さんの胸目掛けて飛びこんで行かなければ!


そう強く思い込む事にしました。


なので、一番高いステーキを注文してみました。



そんな図々しい僕に嫌な顔一つせずお兄さんは、為になる色んなタイ情報や、楽しいお話をしてくれました。


その後、お兄さんにめくるめく夜のバンコクを案内してもらい、楽しい楽しいバンコク初日はあっという間に過ぎて行きました。



お兄さんと別れを告げ、再びあの牢獄の様な部屋に帰った僕はシャワーを浴びて、着替えようとバックパックの中の荷物を広げました。


そして、楽しくて忘れ掛けていた出発時のあの不吉な心の警鐘がここに来て大きく鳴り響き出しました。







無いっ!




無いっ!!



無いっ!!!!



かばんに入れておいたはずの・・・



替えのソックスとパンティが・・・。



無いっ!!









なんとバックパックの中には着替えの靴下とパンツが一つも無ッシングなのです。これが、あの心の警鐘の元凶・・・。


今回の旅で、もう4回目を数え、しかもタイにおいては2回目だったという事もあり僕は完全に慢心していて、荷造りを出発当日の朝にしていたのです。



こんな事じゃこれから先、修羅の東南アジアを2ヶ月も旅していけるのか・・・。とめどない不安が込み上げてきます。




忘れてしまったのは、パンツだっただけに、ここで
ふんどしを締めなおさなければ、いつかとんでもない事件が起こるに違いない。
















       
初めてのトウナンアジア 〜前編〜  
             終わり