バングラディッシュ代表VS
日本代表




(カルカッタ)

僕はヒマだったので町をプラプラ歩いていました。
グランドでサッカーをしている人たちを見つけ、腰を下ろしてしばらくの間ボーっと見ていました。

インドはサッカーよりもクリケットという(タイベン、西版三角ベースみたいなやつ)スポーツが人気なのでサッカーをしている光景を見るのが少し新鮮だったのです。

すると、どこからかやってきた一人のインド人のおっちゃんが声を掛けてきたのです。


「サッカー好きなのか?だったら一緒に練習しないかい?
 僕は決して怪しい人間じゃないんだ。
 今、サッカーのバングラディッシュ代表が今遠征でやってきてて、実は、僕は代表の監督としてやってきてるんだ。」




し、信じられません。これは、まさに棚からデパ地下スイーツってやつです。
こんなラッキーがあっていいのでしょうか。答えはもちろん決まっています。


「マジっすか!?それは、もう是非是非、お願いしたいです。」


「そう、じゃぁ、明日この場所に朝の10時にまた来て。」


「はい、判りました。よろしくお願いしますっ!」


なんだか判らない内にもの凄い幸運に恵まれました。
まさか、日本代表のユニフォームを着てるって事で僕を日本代表のサッカー選手と勘違いしちゃったのでしょうか?

目的は大きく違いましたが、買って良かった。このユニフォーム。

だとすれば、申し訳ないんですが、デビルマン不動明ばりに僕の素性も明かすわけにはいきません。もうなんちゃって日本代表に成り切るしかないのです。


いや、それともよく日本代表ってアジアの国々と試合をすると8−0とかで大勝したりしているので、サッカーに興味ある日本人というだけで僕がサッカーうまいと勘違いしてしまったのでしょうか。
ブラジル人はみんなサッカーうまいと思い込んでいるのと同じ原理で。

なにはともあれ、こんなラッキーチャンスは、一生の内に一回あるかないかの代物です。

それからの僕は、一日中うかれっぱなしジャーマンスープレックスでした。

ご飯を食べている時も、町を歩いている時も、宿に帰ってからも、明日のサッカーの事で頭がいっぱいです。

寝る前も興奮してなかなか寝付けません。
僕は遠足、運動会、サッカーの試合の前日はお目目がぱっちりしてしまって、次の日、寝不足になっちゃうガラスのハートを持ったお坊ちゃんなのです。

ただ、どんな事があってもお寝坊さんだけは避けなければなりません。
万が一、寝坊なんかしてしまったら一生物の後悔になりかねません。


緊張の朝です。僕は、目覚まし時計でしっかりと目を覚ますことが出来ました。
そして、ルンルンスキップの軽い足取りで昨日、監督と出会った場所に向かいました。

集合は、10時です。

ですが、出来る男は30分前集合です。


監督は約束どおりに10時にやってきました。僕は、改めて夢じゃない・・・。そう実感すると、胸にすごく熱いものが込み上げてきました。

監督は

「じゃぁ、行こうか?」

と言って歩き出しました。後を着いていくとだんだんグランドから離れて行きます。

どうやら、練習場は目の前のグランドではないらしいのです。道路の方へ向かって歩いて行きます。

きっとそこに車が停めてあってグランドまで移動するのでしょう。もしかしたら、そのバスには代表選手たちがすでに乗り込んで待っていてくれるのかもしれません。

僕はみなさんになんて挨拶をすればよいのでしょうか。

うっかりそれを考えてくるのを忘れてました。うかれっぱなしジャーマンスープレックスだった自分を少し反省。

ただ、監督がもうすでにみなさんに、僕が来ることを伝えくれてるはずです。なので、名前と日本人とを伝えるくらいの軽い自己紹介だけに留めていいのではないかと思い直しました。


歩き続けるにつれて、もう胸の高鳴りが鳴り止みません。

一つ心配なのは、僕はスパイクを持ってきていないと言う事です。

ただ、それ言っちゃうと、この話が流れてしまう可能性をちょっぴり感じていたので、実は内緒にしていました。

監督は僕に用意の事は何にも言ってこなかったし、今は僕が手ぶらで来ているけど何にも言ってこないってことは、やっぱり貸してくれるんでしょう。

僕らは、道路へと辿り着きましたが監督は車を探す風でもなく横断し始めました。

という事は、グランドはこの近くにあるのでしょう。きっと歩いていける距離なのでは。



そうして、しばらく歩いた後、監督はある建物の中へと近づいて行きました。てっきり、グランドに直行するとばかり思い込んでいましたが・・・。


という事は、もしかして、ここは、代表チームの宿舎・・・?


きっと、ここでみんなと集合してミーティングでも済ましてからグラウンドに向かうのでしょう。


ただ、このビルは少々寂れた感があります。バングラディッシュ代表っていうのは、あまり優遇されてないのかもしれません。
まぁ、人気の無いスポーツで、弱かったらそんなものなのかもしれません。


そして、監督は、また何も言わず、廊下を歩き続け、その中の一つの部屋の中に入って行きました。どうやらここはお店で、この店員で友達らしき人と、親しげに握手を交わし始めました。

そして、僕にそこに座れと言いました。

座ると、いきなり監督は僕に



「お前はどれが好きだ?」



と言って店内に飾ってある沢山のサリーを指差しました。



「・・・・??
えっ?何ですか?」



あまりに唐突な監督の質問で、僕はしどろもどろになってしまいました。バングラディッシュ代表の宿舎に来たんじゃないんですか・・・。



「あのサリーをどう思う?」




「いえ、別に・・・・。
 
 どうも思わないですけど・・・。」





「欲しいか?」




「いえ、別に欲しくないですけど・・・・・。」


監督は店主にヒンディー語で何か話しかけました。すると、店主は奥の部屋に入っていきました。


しばらくして店主は手にサリーを持って出てきました。監督はそのサリーを受け取り僕の前に出しました。


「これはどうだ?」




「別に・・・。」


何回も断り、全く興味を示さない僕に監督はあからさまに不機嫌な表情になり、店主になにか言いました。

すると、今度は、奥から店主が沢山のサリーを持ってきて監督に手渡しました。

そして一つづつ僕に聞いてくるのです。




「これは、どうだ?」







「・・・・・・・・・・・。」


僕は答えるのも面倒臭くなって、顔を横に振りました。



「じゃぁ、これは?」




「・・・・・・・・・・。」



「これは?」


「・・・・・・。」




やはり全く興味を示さない僕に、今度は監督はかなりいらいらし始めました。






「じゃぁ!
 この中のどのサリーが好きなんだ?」









恐ろしいまでの逆切れです・・・。

ただ、その勢いに圧倒されてしまって、






「いえ・・・、どれも・・・・。」




と、なぜか低姿勢に断ってしまいます。







「そうか!
 じゃぁ、お前はどれを彼女にプレゼントしたいんだ?」







彼女がいるなんて話も一回もしたことないんですが、その勢いに飲み込まれてしまって、






「・・・・・・・・しないです・・・。」





と、やはり低姿勢に断ってしまいます。







「いや、もしもだ、もしも彼女にプレゼントするならこの中でどれが一番いい?」











100%大きなお世話です。だんだんこっちもムカついてきました。

さっきからうすうすは感じていたのですが、ここにきてかなりの確信に変わってきました。

このおっさんは、99%客引きのおっさんです。

ただ1%は、貧乏監督で、職権乱用して、サッカー小僧たちを誘惑して、小銭を稼いでる可能性もあります。

なので、この後に、代表の練習が待ってる可能性も1%くらいはあるので、ここはまだ耐え忍び、下手にでて断り続け、この場を切り抜けるしかありません。








「・・・だから、しませんって・・・。」








それを聞いた監督は店主に何かを言いました。それを聞いた店主は奥の方へ消えていき、帰って来たときには両手に沢山の布地を持っていました。









「じゃぁ、この中でどれが好きなんだ?」






「もう・・・。どれも好きじゃないです・・・・。」






「どれもじゃない、どれか一つ言ってみろ!どれか一つだ!分かるな?」











なんだか、僕が優柔不断で監督の貴重な時間を浪費させている様な言い回しですが、100パー、このおっさんが、僕の時間を浪費しています。



ただ、ここは、ひたすら耐え忍ぶしかありません。

この後の「もしも」を考えて。






「・・・一つも興味ありませんって・・・。」









すると、監督は完全に呆れ果てた顔になり、






「そうか・・・よしっ!じゃぁ、帰っていい!」






そう履き捨て僕を部屋から追い出しました。



1%に賭けた僕の淡い、淡い期待と、耐え忍んだ長い時間は水泡と化しました・・・。

僕はきっと悪い夢でも見ていたのでしょう。

夢ならあのおっさんを、この手で殺してあげたい。

純粋無垢なサッカー少年の心をもてあそぶ、あの悪魔を。

なぜ次の日に連れていったのだ・・・。

昨日そのまま連れて行けばよかったじゃないか・・・。

昨日からの尋常じゃなく、うかれてた長く恥ずかしい時間をどうしてくれるんだ・・・・。



何がバングラディッシュ代表の練習会だ・・・。



小さい頃、母ちゃんが、

「世の中にうまい話は無い!!人を信用するな。知らない人についていってはいけません。」

ってあれほど言ってたのに・・・。

初心も忘れていた。

僕は、インド人と戦う為にこの国にやってきて、敵をおびき出すために、このユニフォームを着てるのに、まんまとこのユニフォームを利用された。
ここのところ親切なインド人が多くて、気が緩んでいたのかもしれない。


振り替えってみると、出会って第一声に


「安心しろ、俺はバングラディッシュ人だ」


って言うこのセリフ自体が超怪しいではないか・・・。
疑ってもいないのに、安心しろだんて・・・。





って、いうか、本当に僕に物を売りつけようとして監督になりすましたなら、






サッカーショップに連れて行けよ・・・。







とにかくもう今日の出来事は忘れよう・・・。

疲れてたから、悪い夢を見たんだ。

忘れて、今からまた心を切り替えよう。

戦闘モードに。










数日後・・・。


僕が道をプラプラ歩いていると一人のインド人が声を掛けて来ました。





「すいません。ちょっといいですか?


 僕は、決して怪しい者ではありません。
 



 
バングラディッシュから来たのです。」












「この手口・・。流行ってんの・・・?」













バングラディッシュ代表VS日本代表 完敗編 終わり