ワンダフル カンボジアンナイト

                           
PART U





退屈な時間。



なぜ、僕がこんな野っぱらで待ちぼうけをしなければならないのか・・・。

いったい、いつまで・・・・。

正直、角刈り君がどういう神経をしてるのかわからない。

隣のいかついあんちゃんは、何にも言わずにずっとたたずんでいるし・・・。








5分ほど前にこの場所にバイクで着いたのですが、角刈り君はバイクから降りるやいなや、建物からのしのし歩いて出てきた40代半ばくらいの太った女性にいきなり抱きついたのです。


この光景から推測するに、どうやらここは角刈り君の実家。


今まで僕に見せた事の無い程の無邪気な笑顔を振りまき、お母さんの腕に絡まりだしました。

やんちゃな角刈りくんと、見た目は、大家族スペシャルに出てくる様な太った肝っ玉母ちゃんのほほえましいスキンシップ。


2人の言葉はクメール語なので、もちろん何を話しているのか判りません。
ただ、この2人の愛くるしいやりとりや、その明るい雰囲気、「やれやれこの子は・・・」的な肝っ玉母ちゃんの包み込むような優しげな顔が、僕にこの状況の全てを理解させてくれます。


そういえば、ここ数日、角刈り君はバイタクのお客さんが付いてたので、トムにみたいに仕送りを持って帰ってきたのでしょう。


トムにしても角刈り君にしても、カンボジア人の深い家族愛には、ほとほと感心させられっぱなしです。


そんな時、ふと隣りに目をやると、いかついあんちゃんが何も言わずこの2人を冷ややかな目で眺めていました。


このどことなく悲しげなあんちゃんの目は、僕にあんちゃんの暗い影を感じさせます。


僕の想像が飛躍しすぎているのかもしれませんが、もしかしたらこのあんちゃんはお母さんと遠く離れ離れになっていたり、さらには、もう残念ながらこの世にお母さんがいなかったりするのかもしれません。


僕にそう連想させるくらい、僕の目に映る無邪気な角刈り君と沈黙を守り続けるあんちゃんの間には大きな大きな温度差があったのです。


そんな時、角刈りくんは肝っ玉母ちゃんの腕に絡みつきながら、2人だけで家の中へ入って行こうとしました。




「ちょ、ちょっと!!僕らは・・・!?」







確かに2人の家族愛は分かるけど、僕らはおいてけぼり!?

あんちゃんの前でそれはあまりにもデリカシーが無いよ。

少しくらいあんちゃんにもお母さんと触れ合わせてあげるべきじゃないの?


角刈り君っ!







抑えきれない衝動に駆られて、慌てて追いかけようとした僕をあんちゃんが左手を伸ばし制止したのです。






なんで!?


なんで止めるん!?


まさか、久しぶりの親子水入らず。

野暮な事をせず、そっと2人きりにしてあげよう・・・って事・・・?









無口なあんちゃんは、一言だけ口を開きボソっと答えてくれたのです。











「ジギジギ・・・・・。(=SEX)










・・・・このおばはん・・・・




・・・・娼婦やったんかい・・・・。













角刈りくんが、あの
肝っ玉娼婦と建物に入っていってから5分。


退屈な時間。


なぜ、僕がこんな野っぱらで待ちぼうけをしなければならないのか・・・。

いったい、いつまで・・・・。

正直、角刈り君がどういう神経をしてるのかわからない。

隣のあんちゃんは何にも言わずにずっとたたずんでいるし・・・。

だんだんイライラしてきました。

よくよく考えたら





あいつ、ここ数日お客さんがついて、日銭が入って、羽振りが良くなって風俗に来たに違いない!



ちょっとでも感心して損した。



そもそも、あの肝っ玉娼婦とは何十分間コースなんや。




僕は、怒りを込めてそうあんちゃんに向かって問いかけました。


すると、あんちゃんは、「さぁ・・・」と首を傾げたきり、何も言いだそうとしません。


本当に口数の少ないあんちゃん・・・。




終わりを知らない他人の風俗なんて・・・

人生で5本指に入る超無駄な時間・・・・。






と、その時、ドアが開き、なんと角刈り君が建物から出てきたのです。


慌てて時計に目をやると、角刈りくんが肝っ玉娼婦と建物に入ってから
5分ちょい











早っ!!!







おもわず僕はふき出してしまい、とっても爽快な面持ちの角刈りくんを見ていると、なんだか怒る気も失せてきました。なので、素朴な疑問を角刈りくんに投げかけてみました。




「エイズとかって危なくないの・・・・?」



カンボジアってエイズ問題が深刻化していると以前テレビで見たことがあります。とすれば、こうした売春宿がエイズの巣窟になっているはずです。

すると、角刈り君はにっこりと微笑み、親指と人差し指で丸い輪っかをつくり、







「大丈夫、3つ付けたから♪」








なのに、5分っ・・・・!!


・・あ、あんたぁ・・・


本物のスピードスターだよ・・・。









僕のあからさまな含み笑いをよそに、角刈り君は平気な顔で、さらにもう一軒行こうと僕らを誘いました。次で4件目です。

どんだけ精力的な兄ちゃんなのでしょうか。

次もまた一体どこに連れて行ってくれるのか、全く知らされないまま、僕はまたバイクの後ろににまたがりました。


バイクが止まった所。それは、この日一番建物らしい建物。外観はコンクリートで出来ていて、何やらこのカンボジアに似つかわしくないモダンな建物です。


すでに、建物の周りには沢山の原チャやチャリンコが列をつくって並んでいます。一体、この建物の中で何が行われるのか。

全く検討もつかないまま、2人について恐る恐る建物に入っていくと中は薄暗く、黒く厚いカーテンで仕切られています。

さらに、そのカーテンをびびりながら、かき分け奥の部屋へと進みました。


カーテンの奥にあったその部屋はとても広く、沢山のカラフルな色のライトがスポットライトの様にステージ上に降り注ぎ、壁際には、沢山のソファが並び、天井にはミラーボールがぶらさがっています。






もしかしてディスコ・・・・??






入り口に停めてあった沢山のチャリンコや原チャを見たときは
てっきり地域の自治会か青年団の集まりかと





カンボジアにディスコだなんて、ものすごいギャップです。さっきまで、一緒に犬や蛇をほおばってた人たちとディスコでダンス。




会場は、たった今開場したばかりっぽく、まだ曲一つかかっておらずあたりはシーンと静まり返っています。


ボーイさんが僕らにオーダーを聞きに来てくれて、角刈り君が、何かを注文したらしく、しばらくしてボーイさんが持ってきてくれたモノ。

それは、三人分のコーラ。



ディスコまで来てコーラ・・・・。


やっぱりなんか違う気がするんですけど・・・。






僕はバブル時代には小学生だったので、もちろんディスコには行った事が一度も無いんですが、テレビで見たディスコって・・・・、


みんな若いお兄さんは、全力で髪にムースかけて、びしっとオールバックを決めこんでて、脇にはセカンドバック挟んで、ダブルのスーツを着こなしてる・・・




全員、吉川晃司なイメージで。




お姉さんはみんな
ソバージュかけてて、真紅のルージュで、ごんぶとまゆ毛で、ミニスカートをはいてる・・・




全員、千堂あきほなイメージ。





まわりを見渡せば
全員カンボジアの野郎達で埋め尽くされ、女子が人っ子一人見当たりません。


この泣けてくるほど、男くさい雰囲気はまるで、地元の消防団の集会。






そうこうしてる間に、スピーカーからはノリの良いミュージックが流れてきました。それを合図に周りの野郎達が中央のステージにあがり出したのです。

僕は、さっき言った通り、初ディスコな上、クラブも一回くらいしか行った事がない田舎もん。

全くと言っていいほどダンスを知らないので、当然そんな光景を何かのショーを見るような目で眺めていて、今日はコーラをちびちび飲みながら、流れてくる音楽と雰囲気をゆったりと楽しむ事に決めこんでいました。


そんな僕が珍しかったのか、淋しそうにみえたのか、1人の野郎が声を掛けてきました。彼は観光業に携わっているのか、流暢な英語を使い僕を一緒に踊ろうと誘いに来てくれたのです。


隣を見れば、角刈り君もあんちゃんも全く踊りだす気配もなく、ただただ座っているだけなのです。僕1人で踊りに行く勇気も無いので、丁重にお断わりするのですが、野郎は執拗に誘ってくるのです。




「悪いけど、僕は踊りを知らないから座ってるよ。」



この言葉が間違いの始まりでした。野郎は「じゃぁ、僕が教えてあげる」と言って僕の腕を強く引っ張り、強引にステージへと強制連行したのです。

ライトに照らされたこのステージは円形になってて、真ん中にはステンレスの棒が一本、床から天井まで伸びています。


その棒を中心に野郎達、約30人前後が時計の反対周りを向いて立ってスタンバッています。さっきまで流れていた曲はいつの間にかやんでいて、みんな次の曲を今か今かと待ち望んでいます。


みんなはその中になぜかぽつんと1人立っている日本人の僕の存在が気になるようで、物珍しそうにチラチラと顔のぞき込んできては、微笑んできてくれます。


そんな僕が周りの人たちに返せるのは、緊張でカチコチに固まったひきつり笑い。





やっぱり僕にダンスなんて出来るはずがない。



あのカラオケがフラッシュバックしてきたのです。



リズムさえとれず・・・。


手拍子も出来ず・・・。




そもそもダンスを知らない僕が、みんなの前で踊れるはずがない。




そんな僕の心境をよそにノリノリなミュージックがディスコ内を響き出しました。

このミュージックを待ってましたと言わんばかりに、みんなは一斉にリズムを刻みだしました。


やがて始まるダンスが目前に迫り、僕はすがる様な目で野郎を見つめました。

野郎は俺に任せとけと言わんばかりに余裕の笑みをこぼしました。

そして、周りが踊り始めると、野郎は僕に自分の真似をする様にという仕草をし、両手を腰の前に差し出し、手のひらを上に向けました。

一つ目のステップで、ゆっくりと両手の指を曲げて、同時に右足を上げます。
次のステップで指を真っ直ぐに伸ばし、同時に右足を半歩前に突き出します。それを「いちにー、いちにー」と2回繰り返し2歩進み、終わったら左バージョンを「いちにー、いちにー」と繰り返し2歩進みます。

このステップを右、左と繰り返しながら少しづつ前に進んで行き、ステージに円を描く様に一周します。







って、言うかこのスローテンな2ステップだけを延々と続けるのです・・・・。





ダンスって言うか、盆ダンス ・・・・。




ディスコって言うか、
ですこ・・・






野郎達だけで、ずっとこんな事続けてても全然楽しくないんですけど・・・・。







ただ、周りの人たちは、僕の心が全くここにあらずなのを知ってか知らずか、やたらめった声を掛けて来てくれ、クメール語なので全く意味は判らないのですが、


おそらく
「ノッテルるかい〜!!」的なノリノリ顔。




この盆ダンスは全く疲れない運動量のはずなのに、周りの野郎たちへの愛想笑いや、それ以上の脱力感でどっと疲れが押し寄せて来ました。


なので、ソファに戻り休みましたが、角刈り君は、一向に帰る気配を見せず、とうとう閉店時間の深夜まで長居してしまったので、寝不足になった僕は朝起きられず、カンボジアでの一大イベントにランキングしているアンコールワットサンライズを危うく逸しかけるはめになってしまったのです。











シェムリアップ出発の朝



プノンペン行きのスピードボートの発着場へ向かう為、僕らは宿に迎えに来てくれたピックアップトラックという乗り合いトラックの荷台に乗り込みました。


早朝の5時だと言うのに、このフレンドリーゲストハウスのみんなが総出で見送りに来てくれました。


そして、トラックはゆっくりと走り出し始めたとき、トムをはじめ、みんなが笑顔で手を振りだしてくれました。


僕も大きく手を振り、トムに「BYE BYE!」と言おうとしたのですが、不意に喉が詰まりました。


声が出ないのです。


仲良くしてくれたみんなやトム。短くても楽しかった思い出いっぱいの5日間を振り返ると、胸の内にものすごく熱いものが込み上げてきて、「BYE BYE」、その一言を言う事により、今まで押さえ込んでいた感情が涙になって、いっきに外に溢れ出ようとしているのです。



声が出ない僕は、代わりにみんなに向かって大きく、大きく手を振りました。



振る手に、めーいっぱいのありがとうと、さようならを込めて。



みんなの姿が見えなくなるまで。



ずっと。














        ワンダフルカンボジアンナイト PARTU 



                 終わり